いわゆる花押を書くことは、民法968条1項の押印の要件を満たさない(最二小判平成28年6月3日判タ1428号31頁)

1.本件は、相続人Xが遺言者Aが所有していた土地について、主位的にAから遺贈を受けた、予備的にAとの間で死因贈与契約を締結したと主張して、相続人Yらに対し、所有権に基づき、所有権移転登記手続を求めるなどした事案である。Aが作成した本件遺言書には、印章による押印がなく、いわゆる花押が書かれていたことから、花押を書くことが民法968条1項の押印の要件を満たすかが争われた。
2.判例(最一小判平成元年2月16日判タ694号82頁)は、自書のほかに、押印を要求する趣旨について、「遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解される」としている。上記平成元年判決は、上記趣旨に照らして、自筆遺言証書における押印は指印をもって足りる旨を判示していた。
3.花押が自筆証書遺言の押印の要件を満たすか否かについて、学説は、否定説と肯定説とに分かれているが、近年は、押印の要件を緩和すべきとする立場からの肯定説が多いといえる。
4.本判決は、「我が国において、印章による押印に代えて花押を書くことによって文章を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。」とした。
 前記平成元年判決は、指印は自室証書遺言の押印の要件を満たすものとしたが、指印は、その概念自体は明確である上、押印と同様に同じ形象が繰り返し再現されるものであり、また、究極的には個人を特定する機能が高いのに対して、花押は、押印のような再現性はなく、個人を特定する機能も高いとはいえないのであるから、花押を指印と同様のものとみることはできないであろう。