東京地裁倒産部における近時の免責に関する判断の実情(令和版)(判タ1518号5頁)
本稿と同様のものとして、原雅基「東京地裁破産再生部における近時の免責に関する判断の実情」判タ1342号4頁、平井直也「東京地裁破産再生部における近時の免責に関する判断の実情」判タ1403号5頁が存在する。本稿は、その続編である。
原則として、法人と法人代表者は別の法人格であり、法人の破産事件と法人代表者の破産事件も別の事件であるから、代表者が、法人の破産手続において不適切な行為や義務違反行為をしても、それをもって、直ちに代表者個人の免責不許可事由にあたると認定することはできない(東京高決平2.12.21東京高等裁判所(民事)判決時報41巻9~12号106頁)
もっとも、上記のような法人の代表者としての不適切な行為を、代表者個人の破産財団との関係に落とし込んで、免責不許可事由があると説明できる場合もあり得る。(判タ1518号16頁)
連帯しない共同保証人の分別の利益については、単純保証人の主張を要せず、そのことを知らずに単純保証人がその負うべき分割後の保証債務額(負担部分)を超えた弁済をしたときは、その超えた額について不当利得が成立するとした事例(判タ1516号125頁 令和4年5月19日札幌高裁判決)
1 分別の利益について、実体法上、単純保証人からの主張は必要ではなく、保証債務は当然に分割される。
2 訴訟手続上は、分別の利益はその利益を享受すべき単純保証人からの主張を要する(全額の保証債務履行請求に対する抗弁となる。)とするのが通説実務である。
3 本判決は、単純保証人が、分別の利益を知りながらあえて自己の負担部分を超えて弁済した場合には主債務者に対する求償権が発生し、そうではなく、分別の利益を知らずに自己の負担部分を超えて弁済した場合には弁済受領者に対する不当利得返還請求権が発生するという理解に立つ。
4 また、利得者の悪意者性について、本判決は、貸金に係る過払金返還訴訟における一連の最高裁判例を踏まえたと思われる(法律上の誤解をしたことについてやむを得ないといえる特段の事情の有無を判断要素とする。)。
5 本判決は、不法行為について、その当時の状況に照らして社会通念上著しく相当性を欠くとはいえないとして、その成立を否定したが、これは過払状態に陥った後に貸金業者が約定の弁済を請求したことの不法行為性について判示した最二小判平29.9.4判タ1308号111頁を踏まえたものと思われる。
*複数の包括遺贈のうちの一つがその効力を生ぜず、または放棄によってその効力を失った場合における、その効力を有しない包括遺贈につき包括受遺者が受けるべきものであったものの帰趨(判タ1511号107頁)
1(判決要旨)複数の包括遺贈のうちの一つがその効力生ぜず、又は放棄によってその効力を失った場合、遺言者がその遺言に別段の意思を表示した時を除き、その効力を有しない包括遺贈につき包括受遺者が受けるべきであったものは、他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属する。
2 本件遺言のうち、Eへの包括遺贈は、Eの放棄によりその効力を失った。
民法995条本文は、遺贈がその効力を生じないとき、又は放棄によってその効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったもの(以下「失効受遺分」という。)は相続人に帰属する旨を定めているところ、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するとされる(民法990条)ことから、学説上、民法995条の「相続人」に包括受遺者が含まれるか否かに争いがある。
従来の通説は、失効受遺分は(相続人に加えて)他の包括受遺者にも帰属すると解していたが、現在では、同乗の「相続人」に包括受遺者は含まれず、失効受遺分は専ら相続人に帰属すると解するのが多数説である。
なお、失効受遺分が各相続人にいかなる割合で帰属するか(法定相続分の割合か、指定相続分の割合か、それ以外か)という点は残された問題である。
失火責任法の重過失(判タ№1509 19頁)
1 一般的な考慮要素
➀点火行為前の確認や準備、場所の選定
燃焼器具の状態の確認や手入れの状況、周囲の可燃物の有無や可燃物との距離のほか、屋外の事案では気象条件等
②点火行為
点火行為の方法自体の安全性や点火行為時の安全確認の有無等
③点火行為後の監視
点火行為後の監視の方法や状況等
④消火活動等の各段階
消火活動自体の内容及び程度や、消火活動を終了する際の周囲の状況等の確認等
⑤火災発生の機序
過去の同様の使用方法による火災又はその危険性の発生の有無や、それを被告が認識し又は認識し得たかどうか等
2 出火原因別の考慮要素
3 業務性の有無が重過失の有無の判断に与える影響
4 火災発生時の科学的知見や社会的諸事情が重過失の有無の判断に与える影響
被相続人の生前に払い戻された預貯金を対象とする訴訟についての一試論(判タ1500号39頁)
1 本訴訟類型は、審理が長期化しやすいという特徴がある。
⑴ 訴訟を提起する相続人は、生前の被相続人との関係が疎遠であったり、相手方相続人との関係も被相続人の生前の身上監護や財産管理をめぐり、長期間良好とは言い難い関係にあったと思われる事案も多い。
主張書面の過激な表現や証拠の提出の要否を巡る応酬が行われる。
⑵ 本訴訟類型においては、限られた客観証拠と供述証拠から非定型的な被相続人の財産管理の状況を推認することを強いられることになる。
⑶ 本訴訟類型における訴訟物は、不法行為による損害賠償請求権や不当利得返還請求権とされていることが多いが、これらの訴訟物の要件事実は定型ではなく、その主張立証責任の所在も含めて、裁判所及び当事者双方の共通認識を得ることが難しい場面がある。
2⑴文献は、「被相続人の生前に引き出された預貯金等をめぐる訴訟について」(判田1414号74頁以下)、「争点整理の手法と実践」(213頁以下)。
⑵ 本訴訟類型で問題となる預貯金の管理の委託に係る意思能力の有無と遺言能力の有無は類似した判断になるのではないかと思われることから、遺言能力に関する論考である土井文美「遺言能力」(判タ1423号15頁)も参考になる。
3 当初委託型関与であったが、その後被相続人が意思能力を喪失したとしても、相手方相続人に対する委託自体が終了するわけではなく、従前の委託の趣旨のとおりの委託事務の処理が継続してなされている場合には、特段の事情のない限り、委託の趣旨に反するということにはならない、と考えられる。
4 葬儀を実施したものが負担した葬儀費用は、被相続人との生前の委任に基づく事務処理費用償還請求等又は事務管理に基づく有益費用償還請求等として相続人に対して請求すべきものとする見解(潮見佳男155頁)に賛同したい。