被相続人の生前に払い戻された預貯金を対象とする訴訟についての一試論(判タ1500号39頁)

1 本訴訟類型は、審理が長期化しやすいという特徴がある。

⑴ 訴訟を提起する相続人は、生前の被相続人との関係が疎遠であったり、相手方相続人との関係も被相続人の生前の身上監護や財産管理をめぐり、長期間良好とは言い難い関係にあったと思われる事案も多い。

 主張書面の過激な表現や証拠の提出の要否を巡る応酬が行われる。

⑵ 本訴訟類型においては、限られた客観証拠と供述証拠から非定型的な被相続人の財産管理の状況を推認することを強いられることになる。

⑶ 本訴訟類型における訴訟物は、不法行為による損害賠償請求権や不当利得返還請求権とされていることが多いが、これらの訴訟物の要件事実は定型ではなく、その主張立証責任の所在も含めて、裁判所及び当事者双方の共通認識を得ることが難しい場面がある。

2⑴文献は、「被相続人の生前に引き出された預貯金等をめぐる訴訟について」(判田1414号74頁以下)、「争点整理の手法と実践」(213頁以下)。

⑵ 本訴訟類型で問題となる預貯金の管理の委託に係る意思能力の有無と遺言能力の有無は類似した判断になるのではないかと思われることから、遺言能力に関する論考である土井文美「遺言能力」(判タ1423号15頁)も参考になる。

3 当初委託型関与であったが、その後被相続人が意思能力を喪失したとしても、相手方相続人に対する委託自体が終了するわけではなく、従前の委託の趣旨のとおりの委託事務の処理が継続してなされている場合には、特段の事情のない限り、委託の趣旨に反するということにはならない、と考えられる。

4 葬儀を実施したものが負担した葬儀費用は、被相続人との生前の委任に基づく事務処理費用償還請求等又は事務管理に基づく有益費用償還請求等として相続人に対して請求すべきものとする見解(潮見佳男155頁)に賛同したい。