所有者の交代における賃貸人の地位の留保と敷金

1.自己の所有物を他に賃貸して引き渡した者が右建物の所有権を第三者に移転した場合に、新旧所有者間において賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに賃貸人の地位の新所有者への移転を妨げるべき特段の事情があるものということはできない。(最判平成11年3.25)


2.本件は、新所有者にビルの旧所有者に交付していた保証金は敷金であると主張して、その返還を求めたものである。


3.「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。」


4.学説上は、これについて状態債務説(賃貸借関係は賃貸目的物の所有権と結合した一種の状態債務関係にあるという説)によって説明する見解が有力である。


5.最二小判昭39.8.28は、「自己の所有家屋を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右家屋を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するものと解すべきである。」とした。


6.本件においては、「新旧所有者間における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨の合意」が右判例にいう「特段の事情」に該当するかどうかが争われた。


7.法廷意見は、右合意をもって特段の事情に該当することを認めると、賃借人が転借人と同様の地位に立たされることとなり、新所有者(Y)と賃借人(X)との間に介在する者(D,A)に賃料不払い等の債務不履行があったとき、賃借人がその地位を失うに至ることがあり得るなど賃借人が不測の損害を被るおそれがあることを挙げて、これを消極に解すべきものとした。

判例タイムス1001号77頁)