複数口債権と開始時現在額主義(判タ1323-128)

1 債務者の破産手続開始の決定後に、物上保証人が複数の被担保債権の
 うちの一部の債権につきその全額を弁済した場合には、複数の被担保債権
 の全部が消滅していなくても、上記の弁済に係る当該債権については、
 破産法104条5項により準用される同条2項にいう「その債権の全額が消滅
 した場合」に該当し、債権者は、破産手続においてその権利を行使する
 ことができない。(最高裁 平22.3.16第三小法廷判決)


2 争点
  被担保債権とされた複数債権の総額が満足されない限り、破産法104条
 2項所定の「その債権の全額が消滅した場合」に当たらず、全体について
 開始時現存額主義が適用され、破産手続開始時における債権総額をもって
 破産債権額とされることになるのか、それとも、開始時現存額主義は個別
 の債権ごとに適用されるから、全額弁済された個別の債権については、
 「その債権の全額が消滅した場合」に当たるものとして、その額を減額し
 た額をもって破産債権額とされることになるのか。


3 本判決は、破産法104条1項、2項所定の開始時現存額主義は、その趣旨
 に照らせば、あくまで弁済等に係る当該破産債権について破産債権額と
 実体法上の債権額とのかい離を認めるものであって、同項にいう「その
 債権の全額」も、特に「破産債権者に有する総債権」などと規定されて
 いない以上、弁済等に係る当該破産債権の全額を意味すると解するのが
 相当であると判断した。
  第三者が一部弁済をした場合、実体法上、弁済者に求償権や債権者の
 権利(原債権)の代位行使が認められているが(民法502条1項参照)、
 原債権を行使した場合の配当については、債権者が弁済者に優先する
 ものと解されている(債権者優先配分説。最一小判昭60.5.23民集39巻
 4号940頁、判タ560号117頁参照。)
  配当において債権者を弁済者より優先させるという点で、民法502条
 1項の定める平時の一部弁済による代位における法律関係との共通性を
 見いだし得る。


4 破産手続における開始時現存額主義の適用については、平時の場面と
 全く同じように考えられるものではなく、破産法が責任財産を集積して
 債権の目的である給付をより確実にするという機能をどの程度重視して
 債権者を保護しようとしたのかを、破産法独自の観点から判断すべきこ
 とになろう。


5 大半の債権が全額弁済されていても、開始時現在額をもって債権額と
 するのは、債権者の不当利得が生じる余地があまりに大きく、他の破産
 債権者との公平を欠く結果になるものであって、破産法はこのような
 破産債権額と実体法上の債権額とのかい離まで認めたものではないと
 考え、
  物上保証人も責任財産を集積して給付をより確実にする機能を有する
 点において全部義務者と異なるものではないと考えられていることから、
 そのような理解を前提とした上で、全部義務者が弁済等をした場合と
 同様に取り扱われる以上、複数の被担保債権の全部が消滅していなくても、
 上記の弁済に係る当該債権については、「その債権の全額が消滅した場合」
 に該当し、債権者は破産手続においてその権利を行使することができない
 旨を判断したものと解される。
 

6 破産法104条1項及び2項は、複数の全部義務者を設けることが責任財産
 を集積して当該債権の目的である給付の実現をより確実にするという機能
 を有することにかんがみ、この機能を破産手続において重視し、全部義務
 者の破産手続開始の決定後に、他の全部義務者が弁済等をした場合であって
 も、破産手続上は、その弁済等により破産債権の全額が消滅しない限り、
 当該破産債権が破産手続開始の時における額で現存しているものとみて、
 債権者がその権利を行使することができる旨(いわゆる開始時現存額主義)
 を定め、この債権額を基準に破産債権者に対する配当額を算定することと
 したものである。


7 複数債権の全部が消滅していなくても、同項にいう「その債権の全額が
 消滅した場合」に該当するものとして、債権者は、当該破産債権について
 はその権利を行使することはできないというべきである。