時効消滅した債権と相殺

1 既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあると
  いうためには、受働債権につき、期限の利益を放棄することができるというだけ
  ではなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に到来してい
  ることを要する。


2 時効によって消滅した債権を自働債権とする相殺をするためには、消滅時効
  援用された自働債権は、その消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺
  適状にあったことを要する。(平25.2.28第一小法廷判決)(判タ1388-101)


3 本件では、Xが相殺の意思表示をした時点で自働債権の消滅時効期間が経過して
  いたところ、Xは、自働債権の時効消滅以前に相殺適状にあったから民法508条
  によりその相殺の効力が認められると主張するのに対し、Yは、時効消滅以前に
  相殺適状になかったから相殺が無効であると主張して争っており、相殺適状の
  時期等が問題となっている。


4 Xは、平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため、同日の経過を
  もって期限の利益を喪失した。
  Xは、平成22年8月、Yに対し、本件過払金返還請求権を含む合計28万円の債権を
  自働債権とし、本件貸付金残債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思
  表示をした。


5 原判決は、受働債権である本件貸付金残債権について、Xが期限の利益を
  放棄しさえすれば自働債権と相殺することができたのであるから、
  両債権の相対立する関係が生じた平成15年1月に相殺適状にあったと判断した。


6 本件において本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状に
  なったのは、Xが期限の利益を喪失し、受働債権の弁済期が到来した
  平成22年7月1日経過時点であるとした。
  本件において、相殺適状時である平成22年7月1日経過時点において
  既に本件過払金返還請求権の消滅時効期間は経過していたので、
  民法508条は適用されず、相殺の効力は生じないとした。


7 本判決が挙げる理由の第1は、民法505条1項が、相殺適状につき、
  「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しており、文理上、自働債権のみならず
  受働債権についても弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると
  解されるという文理解釈上の理由である。
  第2は、受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由
  に両債権が相殺適状にあると解すると、債務者が既に享受した期限の利益を
  自ら遡及的に消滅させることとなって、相当でないという理由である。


8 ところで、期限の利益の放棄の効果はその性質上遡及しないと解されている。