自筆遺言証書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって同証書による遺言が無効となるものではないとされた事例(最第一小判令和3年1月18日判タ1486号11頁)

1 遺言者が、入院の日に自筆証書による遺言の全文、同日の日付及び氏名を自書し(4/13)、退院して9日後(全文等の自書日から27日後 5/10)に押印した等判示の事実関係の下においては、同自筆証書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに同自筆証書による遺言が無効となるものではない。

 

2 遺言書に記載すべき日付については、➀遺言における要式行為性を重視し、法律行為としての遺言の成立日は全ての方式を充たした日であるから、同日の日付を記載すべきとする見解があるところ、本判決も、本件遺言について、全ての方式を充たした押印日を遺言成立日としたものと考えられる。

 

3 本件遺言が成立した日は、押印がされて本件遺言が完成した平成27年5月10日というべきであり、本件遺言書には、同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず、これと相違する日付(4/13)が記載されていることになる。

 しかしながら、民法968条1項の趣旨は、遺言者の真意を確保すること等にあるところ、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。

 

不動産競売手続において建物の区分所有等に関する法律66条で準用される同法7条1項の先取特権を有する債権者が配当要求をしたことにより配当要求債権について差押え(平成29年法律第44号による改正前の民法147条2号)に準ずるものとして消滅時効の中断の効力が生ずるための要件(最第二小判令和2年9月18日判タ1481号21頁)

1 不動産競売手続において建物の区分所有等に関する法律66条で準用される同法7条1項の先取特権を有する債権者が配当要求をしたことにより、上記配当要求における配当要求債権について、差押え(平成29年法律第44号による改正前の民法147条2号)に準ずるものとして消滅時効の中断の効力が生ずるためには、民事執行法181条1項各号に掲げる文書により上記債権者が上記先取特権を有することが上記手続において証明されれば足り、債務者が上記配当要求債権についての配当異議の申出等をすることなく売却代金の配当又は弁済金の交付が実施されるに至ったことを要しない。

2 本件は、マンションの団地管理組合法人であるXが、マンションの専有部分を担保不動産競売で取得したYに対し、本件建物部分の前の共有者が滞納していた管理費等の支払義務をYが承継したとして、その管理費等の支払を求める事案である。

 民事執行法51条1項に基づく配当要求をしたが、当該強制競売の申立ては、同年7月に取り下げられた。Yは、担保不動産競売により、本件建物部分を取得した。

 Yは、滞納管理費等の債権の一部は時効消滅した旨主張している。

3 一般の先取特権を有する債権者がする配当要求については、執行裁判所が、一般の先取特権の存在を証する法定文書の存在を認め、当該配当要求を却下せず、適式な配当要求があるものとして、差押債権者及び債務者にその通知をするなど、強制競売手続又は担保不動産競売手続が進められるという結果、あるいは、執行裁判所にそのような法定文書が提出されたという結果が、権利を明確にしたとみることができ、権利確定の要素としてはこれをもって足りると解することができる。

4 区分所有法7条1項の先取特権は、優先権の順位及び効力については、一般の先取特権である共益費用の先取特権民法306条1号)とみなされる(区分所有法7条2項)。

5 上記配当要求をした上記債権者が配当などを受けるためには、配当要求債権につき上記先取特権を有することについて、執行裁判所において同法181条1項各号に掲げる文書(以下「法定文書」という。)により証明されたと認められることを要するのであって、上記の証明がされたと認められない場合には、上記配当要求は不適法なものとして執行裁判所により却下されるべきものとされている。

6 法定文書より上告人が区分所有法66条で準用される区分所有法7条1項の先取特権を有することが本件強制競売の手続において証明された否かの点について審理することなく、本件配当要求債権及びこれらに対する遅延損害金の支払請求に関する部分を棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

請負人である破産者の支払の停止の前に締結された請負契約に基づく注文者の破産者に対する違約金債権の取得が、破産法72条2項2号にいう「前に生じた原因」の基づく場合に当たり、上記違約金債権を自働債権とする相殺が許されるとされた事例(最第三小判令和2年9月8日判タ1481号25頁)

1 請負人である破産者Aが、その支払の停止の前に、注文者Yとの間で複数の請負契約を締結していた場合において、上記の各請負契約に、Aの責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないときはYが当該請負契約を解除することができるとの約定及び同約定により当該請負契約が解除されたときはYが一定額の違約金債権を取得するとの約定があるという事実関係の下では、YがAの支払停止を知った後に上記の各約定に基づき上記各請負契約のうち工事が未完成であるものを解除して各違約金債権を取得したことは、破産法72条2項2号にいう「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たり、上記各違約金債権を自働債権、上記各請負契約のうち報酬が未払のものに基づく各報酬債権を受動債権とする相殺は、自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるかものかに関わらず許される。

2 原判決は、本件各違約金債権は、YがAの支払の停止を知った後に本件条項に基づき本件各未完成契約を解除して取得したものであるとして破産法72条1項3号の破産債権に該当するとした。その上で、別個の請負契約に基づく報酬債権を受働債権とする相殺を期待することは合理的なものといえず、本件相殺のうち、違約金債権と報酬債権とが同一の請負契約に基づかないものは許されないとして、本件請求を一部認容した。

3 本判決は、本件各違約金債権の取得は、破産法72条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たり、本件相殺は、自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるか否かにかかわらず、許されるというべきであるとした。

4 破産法72条2項2号等にいう「前に生じた原因」の該当性については、学説上、相殺への合理的期待を直接かつ具体的に基礎づける程度の事由の存在を要求する見解が支配的とされる。その考慮要素として、➀前に生じた原因に相当する当該特定の法律関係の具体的な内容、②当該特定の法律関係と受働債権との結びつきの程度に加え、③自働債権と受働債権との牽連性の程度等が挙げられた(平成26年最判判例解説)。また、破産法72条2項2号と平仄を合わせる民法511条2項本文の「前の原因」について自働債権と受働債権の発生原因の同一性を重要な考慮要素とする見解がある(潮見佳男『新債権総論Ⅱ』313頁)。

5 そもそも相殺は、同一当事者間に同種債権の対立があるときに対当額のお範囲で債権を消滅させるものであり(民法505条1項本文)、相殺の担保的機能に対する期待も同種債権の対立に向けられているものといえる。

破産法をはじめとする倒産法は、倒産制度の趣旨と沿う際の担保的機能に対する期待との調整について、自働債権と受働債権の牽連性に着目した規定を置いていない。そうすると、自働債権と受働債権との牽連性等がないことをもって相殺の担保的機能に対する合理的な期待を否定することは、慎重に検討する必要があると思われる。

被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合における被用者の使用者に対する求償の可否(最第二小判令和2年2月28日判タ1476号60頁)

1 被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、使用者の事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができる。(補足意見あり)。

2 本判決の菅野博之裁判官及び草野耕一裁判官の補足意見と三浦守裁判官の補足意見には、本件事案において逆求償の額を判断するにあたって重視する事情が挙げられている。

遺産分割協議後に発見された遺産の分割において、先行した遺産分割を考慮するか(消極)(大阪高決令和元年7月17日判タ1475号79頁)

1 平成11年に被相続人Cが死亡し、相続が開始した。相続人は、妻である亡D、子である抗告人A及び相手方Bの3人であった。

 平成13年に亡Dも死亡し、平成14年に亡Dの相続人であるAとBとの間で、遺産分割協議が成立した。ところが、平成16年頃にC名義の預金口座(残高合計1300万円余り。)が発見された。

2 一部分割後の残余財産の遺産分割の方法については、残余財産のみを法定相続分に従って分割することで足りるか、一部分割における不均衡を残余財産の分配において修正し、遺産全部について法定相続分に従った分割をすべきかが問題となる。

3 残余財産についての遺産分割の方法は、先行協議の意思解釈によって定まるべきであり、多くの場合、関係者は一部分割と残余財産の分割とを独立させ、それぞれ個別的に決着をつける意思であろうし、そのように解するのが紛争の蒸し返しを避けるためにも相当ではないかという指摘もある。

4 相互に代償金の支払を定めることもなく遺産分割協議が成立していることが認められることからすると、先行協議の当事者は、各相続人の取得する遺産の価額に差異があったとしても、そのことを是認していたものというべきである。そうすると、先行協議の際に判明していた遺産の範囲においては、遺産分割として完結しており、その後の清算は予定されていなかったというべきである。

不動産を親族に遺贈する旨の自筆証書遺言作成後に、当該不動産売却のため、不動産業者との間で専任媒介契約を締結し更新したことが、民法1023条2項「抵触」に当たらないとして、遺言の撤回があったとみなすことができないとされた事例(東京地判平成30年12月10日判タ1474号243頁)

1 亡父が、自筆証書遺言作成後、同遺産を構成する各不動産を売却するため、不動産業者との間で専任媒介契約を繰り返し締結し、同各不動産を売却する意思を示す等しており、民法1023条2項により上記遺言は撤回されているから、原告は相続により同各不動産を取得しているなどとして、亡父の遺言執行者に選任された被告に対し、所有権に基づき、原告が同各不動産を所有することの確認を求めた事案である。

2 Xが上記不動産のほかに、亡父の遺産として2000万円をこえる財産を相続していること、亡父と受贈者である前記親族らとの交流関係、亡父が結局同不動産を売却していないことなどの事情を指摘した上、上記専任媒介契約等が本件遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかであるといえず、民法1023条2項の「抵触」に当たらない以上、本件遺言が撤回されたとは認められない、とした。

3 最高裁が、「同条2項・・の法意は、遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないが、他面において、遺言の取消は、相続人、受遺者、遺言執行者などの法律上の地位に重大な影響を及ぼす者であることにかんがみれば、遺言と生前処分が抵触するかどうかは、慎重に決せられるべきで、単に生前処分によって遺言者の意思が表示されただけでは足りず、生前処分によって確定的に法律効果が生じていることを要する旨判示した(最三小判昭和43年1月24日判タ230号175頁)。

民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義(最二小判令和元年8月9日判タ1474号5頁)

1 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認または放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいう。

 民法915条1項本文の規定する熟慮期間は、相続人が承認・放棄の判断をするに当たり、相続財産の状態、積極・消極財産の調査をして熟慮するための期間として定められたものである。同項本文にいう「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義については、相続開始の原因たる事実の発生を知っただけでは足りず、それによって自己が相続人となったことを覚知した時をいうものと解されている(最判昭和59年4月27日)。

2 乙が甲からの相続の承認・放棄をしないで熟慮期間内に死亡した場合には、その者の相続人(丙)は、最初の相続(第1次相続)につき相続の承認・放棄の選択をする地位も含めて、死亡した第一次相続の相続人(乙)を相続することとなる(再転相続)

3 再転相続において、丙は、第1次相続及び第2次相続のそれぞれについて承認・放棄の選択権を行使することができるところ、最判昭和63年6月21日は、「丙の再転相続人たる地位そのものに基づき、甲の相続と乙の相続のそれぞれにつき承認又は放棄の選択に関して、各別に熟慮し、かつ、承認又は放棄をする機会を保障する趣旨をも有するものと解すべきである。」と説示する。

4 ➀丙が自分のために第2次相続(乙からの相続)の開始があったことを知った時をいうのか(以下、このような解釈を「第2次相続基準説」という。)、②丙が乙のために第一次相続(甲からの相続)の開始があったことを知った時をいうのか(以下、このような解釈を「第1次相続基準説」という。)が問題となる。

5 第2次相続が開始したからといって、第2次相続人である丙(甲との関係は乙よりも薄いのが通常であろう。)に対し、その認識していない第一次相続に係る相続財産の調査義務を負わせる(熟慮期間が開始する)とするのは、丙に対して過度の負担を負わせるものであるように思われる。

6 本判決は、再転相続に関する同所の解釈につき、学説上の通説である第2次相続基準説を採用せず、第1次相続基準説によるべき旨を法理として明らかにしたものである。