民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義(最二小判令和元年8月9日判タ1474号5頁)

1 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認または放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいう。

 民法915条1項本文の規定する熟慮期間は、相続人が承認・放棄の判断をするに当たり、相続財産の状態、積極・消極財産の調査をして熟慮するための期間として定められたものである。同項本文にいう「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意義については、相続開始の原因たる事実の発生を知っただけでは足りず、それによって自己が相続人となったことを覚知した時をいうものと解されている(最判昭和59年4月27日)。

2 乙が甲からの相続の承認・放棄をしないで熟慮期間内に死亡した場合には、その者の相続人(丙)は、最初の相続(第1次相続)につき相続の承認・放棄の選択をする地位も含めて、死亡した第一次相続の相続人(乙)を相続することとなる(再転相続)

3 再転相続において、丙は、第1次相続及び第2次相続のそれぞれについて承認・放棄の選択権を行使することができるところ、最判昭和63年6月21日は、「丙の再転相続人たる地位そのものに基づき、甲の相続と乙の相続のそれぞれにつき承認又は放棄の選択に関して、各別に熟慮し、かつ、承認又は放棄をする機会を保障する趣旨をも有するものと解すべきである。」と説示する。

4 ➀丙が自分のために第2次相続(乙からの相続)の開始があったことを知った時をいうのか(以下、このような解釈を「第2次相続基準説」という。)、②丙が乙のために第一次相続(甲からの相続)の開始があったことを知った時をいうのか(以下、このような解釈を「第1次相続基準説」という。)が問題となる。

5 第2次相続が開始したからといって、第2次相続人である丙(甲との関係は乙よりも薄いのが通常であろう。)に対し、その認識していない第一次相続に係る相続財産の調査義務を負わせる(熟慮期間が開始する)とするのは、丙に対して過度の負担を負わせるものであるように思われる。

6 本判決は、再転相続に関する同所の解釈につき、学説上の通説である第2次相続基準説を採用せず、第1次相続基準説によるべき旨を法理として明らかにしたものである。