請負人である破産者の支払の停止の前に締結された請負契約に基づく注文者の破産者に対する違約金債権の取得が、破産法72条2項2号にいう「前に生じた原因」の基づく場合に当たり、上記違約金債権を自働債権とする相殺が許されるとされた事例(最第三小判令和2年9月8日判タ1481号25頁)

1 請負人である破産者Aが、その支払の停止の前に、注文者Yとの間で複数の請負契約を締結していた場合において、上記の各請負契約に、Aの責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないときはYが当該請負契約を解除することができるとの約定及び同約定により当該請負契約が解除されたときはYが一定額の違約金債権を取得するとの約定があるという事実関係の下では、YがAの支払停止を知った後に上記の各約定に基づき上記各請負契約のうち工事が未完成であるものを解除して各違約金債権を取得したことは、破産法72条2項2号にいう「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たり、上記各違約金債権を自働債権、上記各請負契約のうち報酬が未払のものに基づく各報酬債権を受動債権とする相殺は、自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるかものかに関わらず許される。

2 原判決は、本件各違約金債権は、YがAの支払の停止を知った後に本件条項に基づき本件各未完成契約を解除して取得したものであるとして破産法72条1項3号の破産債権に該当するとした。その上で、別個の請負契約に基づく報酬債権を受働債権とする相殺を期待することは合理的なものといえず、本件相殺のうち、違約金債権と報酬債権とが同一の請負契約に基づかないものは許されないとして、本件請求を一部認容した。

3 本判決は、本件各違約金債権の取得は、破産法72条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たり、本件相殺は、自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるか否かにかかわらず、許されるというべきであるとした。

4 破産法72条2項2号等にいう「前に生じた原因」の該当性については、学説上、相殺への合理的期待を直接かつ具体的に基礎づける程度の事由の存在を要求する見解が支配的とされる。その考慮要素として、➀前に生じた原因に相当する当該特定の法律関係の具体的な内容、②当該特定の法律関係と受働債権との結びつきの程度に加え、③自働債権と受働債権との牽連性の程度等が挙げられた(平成26年最判判例解説)。また、破産法72条2項2号と平仄を合わせる民法511条2項本文の「前の原因」について自働債権と受働債権の発生原因の同一性を重要な考慮要素とする見解がある(潮見佳男『新債権総論Ⅱ』313頁)。

5 そもそも相殺は、同一当事者間に同種債権の対立があるときに対当額のお範囲で債権を消滅させるものであり(民法505条1項本文)、相殺の担保的機能に対する期待も同種債権の対立に向けられているものといえる。

破産法をはじめとする倒産法は、倒産制度の趣旨と沿う際の担保的機能に対する期待との調整について、自働債権と受働債権の牽連性に着目した規定を置いていない。そうすると、自働債権と受働債権との牽連性等がないことをもって相殺の担保的機能に対する合理的な期待を否定することは、慎重に検討する必要があると思われる。