免責と時効

1 問題の所在
  Xは、既に一度Yに対して訴訟を提起して勝訴の確定判決を得ており、
 これによりXのYに対する連帯保証債務履行請求権(本件保証債権)の
 消滅時効期間は右判決確定後10年に延びているが、Xの主債務者Aに対す
 る求償債権(本件債権)について5年の商事時効が完成すると、連帯保証
 人であるYにより右消滅時効の援用がされるとして、本件債権の消滅時効
 を中断するために、再度Yに対して本件訴えを提起したものである。


2 主債権につき消滅時効が進行するか、連帯保証人が主債権の消滅時効
 を援用することができるかが争われている。


3 本件では、Xは、Aの連帯保証人Yに対して前訴を提起して勝訴の確定
 判決を得ているが、右判決によってXのAに対する主債権の消滅時効期間
 (5年)が10年に延長されることにはならない。


4 主債権について消滅時効が完成した場合には、連帯保証人は、主債
 権が時効を援用せず、あるいは時効利益を放棄したときであっても、
 原則として、主債権の時効を援用することができるし、連帯保証人が
 保証債務を承認しあるいは一部履行したことなどにより保証債権につき
 時効が中断され又は保証債権につき時効利益を放棄したときであっても
 、原則として、主債権の時効を援用することができる。


5 免責の対象となった債務については、債務そのものは消滅せず、責任
 を免除されるにとどまり、いわゆる自然債務として存続すると解する
 のが通説判例の立場である。


6 破産免責の効力を受ける債権については、訴えをもってその履行を
 請求しその強制的実現を図ることができなくなったものである。


7 破産債権者が右債権を自働債権として破産宣告前に既に破産者に対し
 て負担していた債務と相殺することは、破産法104条の制約の下に許容
 されるものの、自由財産・新得財産に属する破産者の債権を受働債権
 とする相殺は許されないと解されている。


8 時効否定説
  破産免責の対象となった主債権について消滅時効を観念する余地は
 なく、主債権についての時効中断措置の可能性や保証人らによるその
 消滅時効の援用はもはや問題とはならないから、保証人・連帯保証人
 との関係では、保証債権独自の消滅時効のみを考えれば足りることに
 なる一方で、債権者に対して何らの債務も負担していない物上保証人
 にとっては、主債権の消滅時効を援用して物上保証の責任を免れる可能
 性が失われることになり、民法167条2項の原則に戻って、抵当権自体
 の20年の消滅時効が問題となることにすぎないということになる。


9 破産法上の免責決定を受けた債務者は、消滅時効の完成を待つまで
 もなく、もはや債権者からの権利行使を受忍すべき拘束から解放されて
 おり、消滅時効制度の適用を受けるべき前提ないし実質的基礎を欠いている。


10 破産者の保証人らが主債権ないし担保権の被担保債権の消滅時効
 援用することができなくなるという事態は、被相続人の負担していた
 債務の保証人らについて、被相続人が死亡しその相続人がない場合に
 も起こり得るものであって、破産免責制度に特有の問題というよりも、
 保証制度自体に内在する保証人らにとってのリスクの発現と見るべき
 であり、右のような保証人らの不利益ないし地位の変動もやむを得ない。


11 物上保証人については、抵当権自体についての時効援用(時効
 期間20年)が問題となるにすぎなくなり、本件のように被担保債権で
 ある主債権が商事債権であった場合には、物上保証人の有する防御方法
 ないしその地位に大きな変動がもたらされることになる。(時効肯定説)


12 個人破産においては、免責制度と相俟って、破産者の財産主体性
 を更新して経済的更生の機会を付与するものであるところ、その目的 
 を超えて破産債権者及び破産者以外の者に不利益をもたらすべきでは
 なく、破産免責が保証や担保に影響を及ぼさない旨定める破産法366条
 ノ13の規定によって、保証人らが破産免責により効力の弱化した主債務
 への附従性を主張し得なくなるとしても、従前よりも責任が強化され
 る理由はないとする基本的立場に従えば、時効進行説に与えすべきこと
 になる。


13 本判決(最判H11.11.9)は、破産免責の対象となった債権の効力
 ないし法的性質及び消滅時効制度ないし民法166条1項の趣旨並びに債
 務者と債権者との関係についての実質的考慮を踏まえて時効否定説に
 与した。