限定承認と登記(登記研究591)〔5189〕

1 本件照会は、相続開始以後の売買が相続財産の任意売却に当たることから
 相続財産管理人が当該売買を原因とする所有権移転登記を申請することは、
 相続財産の換価方法を競売に限定した民法第932条の趣旨に照らして受理
 すべきでないのではないというものである。


2 家庭裁判所の実務も任意売却は是認しているようである。


3 相続財産管理人は、相続財産の管理及び債務の弁済に必要な行為を相続人
 に代わってする権限を有するに過ぎない(民法936条2項)から、相続財産
 管理人が他の相続人の同意を得ないで売却した場合については、無権代理
 (民法113条)又は表見代理(同法110条)の問題を生ずる余地がある。


4 相続財産管理人が相続人を代理するのは、相続財産の管理及び債務の弁済
 に必要な限度に限られるのであり、債務の弁済のための換価は競売によらな
 ければならないとされているのであるから、相続財産管理人たる立場から
 当然には任意売却を原因とする所有権移転の登記の申請の代理権限を有する
 ものとは解されない。
  相続財産管理人を選任した旨の家庭裁判所の審判書は、本件登記申請に
 ついての代理権限を証する書面とはなり得ないので、別途登記申請に関する
 権限を委任する旨の委任状等の添付を要するものと解すべきである。


5 民法第936条の規定による相続財産管理人の権限について付言すると、
 先例によれば、民法第932条ただし書の価額弁済を原因とする特定の相続
 人への他の相続人の持分移転の登記の申請は、相続財産管理人が双方の法定
 代理人として申請すべきとされている。


6 価額弁済が競売に代わる換価手続として法が特に規定したものであり、
 実体的には、相続財産管理人の権限である「相続財産の管理及び債務の弁済
 に必要な一切の行為」に含まれるものであるから、民法第936条第2項の規定
 により当然に相続財産管理人に帰属すると考えられる。
  価額弁済の場合は相続財産管理人が法律上当然に相続人の管理処分権限を
 代理することになるから法定代理人となるものである一方、任意売却の場合
 は法律の定めを逸脱した行為である以上「相続財産の管理及び債務の弁済に
 必要」(最小限)な行為とはいえない。


7 当該売却による所有権移転登記の申請は、相続人全員が登記義務者として
 申請すべき。