1 東京高裁決H21.6.29(金法1889)
2 雇用関係の先取特権に基づく債権差押命令の発令において、被担保債権
および請求債権としての未払賃金から、所得税等の税金や社会保険料を控除
する必要はない。
3 使用者が、給与等の支払の際に、税額相当額を当該給与等から天引き控除
することのできる機能は、徴税の便宜のために公法上認められた特別の限定
的な徴収機能であって、私法上の債権とは異なるものである。
4 被用者の賃金債権の範囲が、これらの徴収機能を行使し得る限度で減縮
しているわけではなく、また、給与等からの天引き機能は、天引き額を賃金
債権と相殺したり、賃金債権の行使を阻止したりするような性質を有する
ものでもないからである。
5 原審は、雇用関係の先取特権(民法306条2号、308条)の実行として、抗告
人(債務者)の第三債務者に対する業務委託代金債権の差押命令を発令した。
6 労使間の私法上の賃金債権の存否が訴訟物となっている訴訟においては、
源泉徴収税額を考慮に入れて使用者の支払うべき金額を定めるべきものでは
なく、また、使用者がこれを納付した後に、労働者に対して、その返還を求め
得るのは当然としても、労働者の賃金債権の確定を本旨とする訴訟においては
前記税額相当分による賃金債権との相殺を許すべきものではない。
7 傍論ではあるものの、裁判によって未払賃金等の給付を命じられた場合で
あっても、使用者は、「支払を命じられた金員の中から当然に保険料および
税金相当額を控除することができる。」とする裁判例が存在した。
8 執行実務においては、上記裁判例の傍論は、いずれも債権者が「任意に」
支払をする場合について述べたものであって、担保権の実行としての債権差押
命令の発令にあたっては、そのような事情を考慮する必要はないものとして、
被担保債権および請求債権(未払賃金)から所得税等の税金や社会保険料を
控除しない運用をしてきた。