弁済供託をめぐる裁判例と問題点(判タ 1356-26)

1. 保険会社は、控訴審における弁論準備手続期日において、被害者に対して第一審判決認容額の口頭の提供をした。しかしながら、被害者が受領を拒絶したため、保険会社が第一審判決認容額を弁済供託した上で、附帯控訴をして弁済供託の分の債務の消滅を主張した。

2. 「交通事故の加害者が被害者から損害の賠償を求める訴訟を提起された場合において、加害者は右事故についての事実関係に基づいて損害額を算定した判決が確定して初めて自己の負担する客観的な債務の全額を知るものであるから、加害者が第一審判決によって支払を命じられた損害賠償金の全額を提供し、供託してもなお、右提供に係る部分について遅滞の責めを免れることができず、右供託に係る部分について債務を免れることができないと解するのは、加害者に対し難きを強いることになる。他方、被害者は、右供託に係る金員を自己の請求する損害賠償債権の一部の弁済として受領し、右供託に係る金員を同様に一部の弁済として受領して受領する旨留保して還付を受けることができ、そうすることによって何ら不利益を受けるものではない。以上の点を考慮すると、右提供及び供託を有効とすることは債権債務関係に立つ当事者間の公平にかなうものというべきである。その提供額が損害賠償債務の全額に満たないことが控訴審における審理判断の結果判明したときであっても、原則として、その弁済の提供はその範囲において有効なものであり、被害者においてその受領を拒絶したことを理由にされた弁済のための供託もまた有効なものと解するのが相当である。(最判平6.7.18)

3. 判例は、原則として債務全額(元本、利息、費用、遅延損害金等の合計額)の提供、供託が必要とし、一部弁済が繰り返される場合も全額に達して有効な供託となり、例外的に不足額が僅少な場合に弁済の提供、供託の効力を認めるという立場をとってきた。

4. 債権全額として供託された額が債権者主張の額に不足する場合、一部弁済として受領する旨の留保なしに還付を受けると債権全額に対する弁済の効力を認めたものとし留保があれば残額が請求でき、訴訟係属中に還付を受けたときは留保があったものと解している。

5. 本件は、不足額が僅少とはいえず、従前の判例が例外的に供託を有効とした事例とは事案が異なる点に特徴がある。