民事再生と手形

1. 会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を、法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき、同会社の債務の弁済に充当することができる。(判タ 1364-78)(最高裁平23.12.15判決)


2. 商事留置権は、民事再生法上、別除権として定められているものの、破産法と異なり、優先弁済権が付与されていないため、銀行が取立金を銀行取引約定に基づき再生債権への弁済に充当することは、弁済禁止の原則を定める民事再生法85条1項に反し、許されないのではないかが問題となる。


3. 
(1) 取立金には留置的効力は及ばず、本件条項のような銀行取引約定は無効であると解する第1説(本件の原判決)
(2) 留置的効力は及ぶが、本件条項のような銀行取引約定は無効であると解する第2説
(3) 取立金にも留置的効力が及び、本件条項のような銀行取引約定も有効であると解する第3説


4. 本判決は、留置的効力が留置権の本質的な効力であること、留置権による競売制度もこのことを否定する趣旨に出たものではないこと等を理由に、取立金にも商事留置権の留置的効力が及ぶと判断したものである。


5. 取立金に留置的効力が及ぶとしても、留置権の権能として、優先弁済権がないことはもとより(留置権者は、相殺によって事実上優先弁済を受けたのと同じ効果をもたらすことができるが、これは、留置権の優先弁済権の否定とは無関係のことであり、あくまで、相殺制度によってもたらされる効果である。)弁済受領権もないと解されている。
留置権とは、債権の弁済を受けるまでその物を留置する権利であるに過ぎず、その物の価値自体を弁済に充てる権利ではない。弁済受領権(弁済充当権)は債権の本質としてある。


6. 留置権支配下に置かれた金銭であり、再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることをおよそ予定し得ないものである。
そうであるならば、留置的効力の及ぶ取立金につき私人間の合意による弁済充当を認めたとしても、民事再生法の趣旨、目的に反することにもならない。


7. 本判決の射程については、本判決は、商事留置権の目的物が約束手形という。裁量等の介在する余地のない適正妥当な方法によることが制度的に担保されているものである場合について判断したもの。
商事留置権の目的物が約束手形以外のものである場合についてまで本件条項のような銀行取引約定を常に有効と解するものではないと解される。


8. 取立金を法定の手続によらず債務の弁済に充当できる旨定める銀行取引約定は、別除権の行使に付随する合意として、民事再生法上も有効であると解するのが相当である。このように解しても、別除権の目的である財産の受戻しの制限、担保権の消滅及び弁済禁止の原則に関する民事再生法の各規定の趣旨や、経済的に窮境にある債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し、もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ろうとする民事再生法の目的(同法1条)に反するものではない。