建築紛争における専門家調停の活用(判タ1381号57頁)

1.大阪地裁建築・調停部では、a 建築関係事件の専門部として、付調停や専門委員制度を活用して、充実した審理のもとで迅速な紛争解決にあたっていくこと、b 調停部として、複雑困難化する専門的知見を要する付調停事件について、専門的知見や法的観点に裏打ちされた合理的な解決に導くこと、c 大阪地裁のシンクタンクとして、専門的知見を要する事件を審理する部の事件処理に資するため適切な専門家を推薦することなどを課題として取り組んでいる。

2.建築関係事件に関する付調停の活用に特有な点は以下のとおり。
(1)充実した調停運営のために、当該事案に相応しい専門家調停員を選任することが必須であること。
(2)多くの事案において、現地調停手続により、現地の見分を行っていること。
(3)大半の事案において、調停委員会が調停案ないし調停素案にあたる見解を当事者双方に示し、これに基づき調停解決を図っていること。
(4)調停不成立の場合、調停の成果、特に調停委員会や建築士調停委員の見解にかかる専門的知見をできるだけ記録に残して訴訟との橋渡しにする工夫をしていること。
   もっとも、これらは訴訟において当然に証拠になるものではなく、当事者から書証として提出されてはじめて書証になるものである。
   また、調停委員の見解や調停案は、調停手続の中で出された資料や見分の結果に基づく一応の判断であって、もとより鑑定とは異なり、書証として提出されても、公平性の観点や判断の基礎となった事実の検証等の観点から、当事者の主張立証の機会に十分配慮することが必要である。ただ、このような限定や配慮は必要ではあるものの、訴訟移行後の争点整理や心証形成に資するものである。

3.調停運営の特徴は以下のとおり。
(1)評議の充実
   専門家調停委員と弁護士調停委員、調停主任(裁判官又は民事調査官)を加えた3名が調停期日に立ち会うが、期日前(期日間)に必ず評議を行う。
(2)事前準備の充実
   原則として訴訟記録全部を複写して調停委員に送付している(各当事者から写しの提出を受けている場合が多い。)その際、訴訟部から、事案の概要や主要な争点の外、調停において求める事項をまとめた文書の送付を受けていて、それも併せて送付している。
(3)法的・専門的観点を踏まえた運用
   裁判の結論を見据えて、法的観点及び専門的知見を踏まえた観点からの整理をし、結論の見通しを持って評議及び双方の意見の調整がなされる。
(4)争点整理と調停案の提示
   審理の初期段階で当事者に対して瑕疵一覧表や追加変更工事一覧表等の争点整理表の作成を促し、争点整理を的確に行う。争点整理や事情聴取を十分に行うことにより中立公平についての信頼感を熟成する前に、専門調停委員から専門的知見に基づき結論に直結するような見解を示すと、当事者に受け入れられないばかりか、当事者が調停委員を敵対しすることもあり得る。そのため、評議をし、当事者双方の意見を十分聞いた上で、争点整理と調停案の提示を的確に行うことが、調停運営の要となる。
(5)調停の計画的進行
   調停の初期の段階で、当該事件の特徴や類型を把握し、調停の進行(争点整理に充てる期日、事情聴取の段階、現地見分の時期、調停案提示の時期等)についても評議を行い、当事者とできる限り共有して、計画的な調停進行を図ることが重要。
(6)調停の進行管理
   期日間における準備書面や書証の提出等、書記官による期日間の進行管理が重要。
(7)不成立の場合の成果
   付調停事件が不成立になった場合に、本案の訴訟事件の審理のために調停の成果物を残しておくことが重要である。建築関係事件については、調停不成立の場合の審理期間が長期化していることが指摘されている。調停の成果を調停不成立後の訴訟の審理に生かすために、現地調査報告書、争点整理表(瑕疵一覧表、追加工事一覧表等を含む)、調停委員会の見解、調停条項を含む調停勧告書、調停不成立に至る経過などの書面を当事者に交付したり調停不成立調書に添付したりして、これを当事者が訴訟において証拠として提出することができるようにしている。
(8)調停官の活用
   地裁には3名が配置されている。
(9)専門的知見を要する調停事件の運営のための支援について
   大阪地裁では、建築関係の調停委員については、建築関係4団体からの推薦によって、建築士調停委員を確保している。また、勉強会を開催し、調停委員として必要な知識や姿勢を身に着けさせるようにしている。